共稼ぎ15年夫婦。夫は掃除、妻は洗濯、料理は誰もしません。 (老人ホーム)
2012年01月01日 03時34分
共稼ぎ15年夫婦。夫は掃除、妻は洗濯、料理は誰もしません。
所謂アラフォーの共稼ぎ夫婦です。子供はおりません(老後まで夫婦のみです)。
結婚後15年経過しました。結婚前から妻が「料理は全く出来ないし、むしろ嫌い。」と明言しており、私も全く苦手としております。
その為、今日に至るまで一度も妻の手料理を食べた事はありませんし、その事に全く不自由は感じておりません。
その事にお互いの両親は全く口を挟むことがなく、それも一つの夫婦の有り方と親類縁者から言われて参りました。
ところが、最近身近にいる方々から「40歳の夫婦でそれは有り得ない!老後はどうする?」とお叱りの言葉を頂く様になりました。
しかし、私は自営業で妻は教員を生業としており、おそらく後20年位は働き続ける事になる為、生活はこのまま何ら変わりません。
老後は「終身介護の老人ホーム」に夫婦で入居する積りです。従って、料理を作る必要性が全くありません。
当然、日常の食生活は気を使っております。最低限ご飯を炊く事はしますが、おかずの類は「中食」で充分、栄養バランスは問題無く、
年一回の健康診断も全く問題ありません(BMIは妻19、私が22です)。夫婦共に下戸でタバコ嫌いです。
タイトル通りに家事は明確に役割分担し、一般のご家庭で「料理」に費やす時間を他の事に使っております。
これは妻と私の意見の一致する所ですが、「食べる」という最も大切な行動に於いても「食材仕入」「仕込み」「煮炊き」「食器洗い」
の煩わしい所作で貴重な時間を費やすなら、お金がかかってもそれを「外部委託」する方が有益です。
私達夫婦の有り様が、イマドキは「普通」「少し変」「極めて異常」のどの言葉で形容出来るのか、皆目見当が付きません。
ご指摘を賜ることが出来れば幸甚であります。
義理の両親の介護
夫には70歳になる両親がいますがまだまだ元気で、私たち夫婦も車で3時間ほど離れている場所に住んでいるのでほとんど顔をあわせることもありません。
私たち夫婦は共働きなので将来的に義理の両親には施設に入ってもらおうと思っていたのですが友人に
「施設はどこもいっぱいで何年も待たなくちゃいけないし入ろうと思っても認定が重く(?)ないとだめみたいよ」
と言われました。
小町では「施設に入ってもらおうと思っている。」という人が多かったので気軽に考えていたのですがそんなに簡単には入れてもらえないものでしょうか。資金があってもだめですか?今から予約はできないのですか?
義理の両親に施設に入ってもらった経験のある人はどうやって入れてもらいましたか?色々教えてください。
憎まれ、騙され、絶縁した姉が急死〜その後
去年、上記のトピを立てました。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0406/233506.htm
レスを下さった皆様、本当にありがとう御座いました。
皆様のおかげで、心が救われました。
先月、甥から<相続分譲渡証明書>が添付されたメールが届きました。
父親名義の土地を甥が相続する為です。
しかし、土地以外の遺産を相続した姉が亡くなり、姉の遺産は家も含めて全て甥が受け継いでいます。母の面倒は法律的には子である私に責任がありますが、母親の面倒は姉が見るという上での相続の権利放棄でした。過去の酷い仕打ちもありますし、何より日本へ帰るつもりはありません。
ちなみに母の財産もほぼ姉に移っており、本人はろくに預金もない状態で、収入は年金のみです。お金に関しては、姉は抜け目がありません。
甥に、相続分譲渡証明書に印を押す代わりに、母の老後の責任も負って貰う為の何らかの証明を求める事は可能でしょうか?
ちなみに、昔渡した権利放棄書は、登記されていませんでした。
譲渡証明書の内容は、父の遺産を甥に譲渡するというものです。
甥からの連絡があると、嫌でも昔の事を思い出し、頻脈や動悸が起こります。また、私を責める内容のメールもあります。
早く決着をつけて家の事は忘れて暮らしたいです。
来月下旬、帰国予定です。
皆様、アドバイス、宜しくお願い致します。
支払いの義務
父とその再婚相手の事で相談です。父と義母、2人暮らし。息子である弟、娘である私はそれぞれ所帯を持ち、遠方で生活しています。
父と義母は、父が退職してから再婚し、今結婚10年余りです。
父はアルコール依存症で、それに愛想をつかせた義母は家を出ました。もちろん全面的に、アルコール依存になった父が悪いことは承知しています。
父は認知症でもあるので、一人での生活はできません。結局弟が父を迎えに行き、餓死寸前だった父を入院させ、現在は介護付き有料ホームに入居することができました。
父が入院するやいなや、義母は家に戻ってきましたが、見舞いは勿論のこと、退院時にも顔を見せることもなく、結局病院から、ホーム入居までの期間は、私の家で過ごしました。
父のアルコール依存症が分かってから、私や弟が何度も入院させ、骨折ってきたのですが、義母は「父が好きなだけ飲ませて死なせて欲しいと言っている」と言ってその言葉通り、好きなだけ飲ませ続けていました。結局糞尿垂れ流しになった時点で、義母は出て行ったのですが、お酒を飲ませないような努力を一切しませんでした。
愛情がないことは分かりますし、そうなったのも父の責任です。ですが、「夫婦は他人、あなたたちは子供でしょ?」と義母に言われ、父が餓死寸前になる度に、私や弟が遠方からかけつけ入院手配や手続きをしてきました。
離婚してもらえたらそれが一番良いのですが、父は年金額が多く、毎月かなりの額を義母に渡してきました。義母は年金ゼロです。
義母は家を出て行った時に、父の現金の半分を持って行きました。そして、私たち子供で、残りの半分を有料介護付き老人ホームの資金に使いました。
前置きが長くてすみません。続きます
社交的でないけれど長生きしてもいい?
「一人暮らしのお年寄りは、孤独化を防ぐためにも、ご近所さんと密につきあい、声かけをした方がよい。」とか、「老人会など何かのサークルに入り、仲間と集うこと。」
という話をニュースでもよくききます。
でも、人ととあまり集うとそれがストレスになってしまうタイプもいると思うのです。
若い人でも、井戸端会議が好きな人と単独行動が好きな人にわかれるように。
老人ホームや、高齢者マンションなども、ある程度社交的でないと、辛いと思いますし。
いい年をしてても、習い事先やら、老人会などで人間関係こじれる話もよくききます。
また、高齢になるほど自分の体調管理にせいいっぱいで、そういう集まりの係分担などが負担になる方もいるのでは。
私は、昔からあまり社交的ではないので、これからの人生、年老いたらやっていけるのか、非社交的な性格というのは、人としてダメなのかとか思ってしまいます。
自治会の回覧板をまわすだけでも必死ですし。
身内が、体調悪いのに、ムリして自治会役員をして帰らぬ人となったことがあるので、余計に過敏に考えてしまうのかもしれませんが。
世の中の、社交的になろう!社交的はいいことだ!という風潮に、疑問を感じます。
ただ、ひっそりと、静かに生活していきたい。ではダメでしょうか。
みなさまのお考えはどうですか?
Wikipediaの関連項目
介護サービス事業者の種類
介護サービス事業者(かいごサービスじぎょうしゃ)は、介護保険法に基づく介護保険事業者と介護保険外事業者に分けられる。加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となったもの(要介護者等)に対し、これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービス(総称して介護サービスという)を提供する事業者。
介護保険法では、在宅の要介護者等に対し介護サービスを提供する#指定居宅サービスと、要介護者を入所させて介護サービスを提供する#介護保険施設が定義されているが、これらを包括した概念である介護サービス事業者は定義されていない。